せろりんです。
クエン酸は酸性、重曹はアルカリ性です。我々はこの重曹とクエン酸の性質を利用して家事を捗らせまくっているわけです。
しかし、なぜクエン酸は酸性なのか、なぜ重曹はアルカリ性なのかという点についてちゃんと理解している人間はあんまり多くはないでしょう。特に重曹がアルカリ性である理由は結構難しいです。このへんは中学理科や高校理科で疑問に思うポイントでもあります。
実はクエン酸が酸性である理由と、重曹がアルカリ性である理由は表裏一体で、一見無関係に思える2つの身近な物質にも深い関わりがあります。そのへんをちょっと賢い中学校1年生にもギリ理解してもらえることを目標に解説します。
わかりやすくするため、そしておれの不理解のため記述がメチャクチャな部分がありますし、デタラメを言っている部分も結構多いです。化学オタク諸君はキレないでください。
クエン酸はなぜ酸性なのか?
クエン酸はどんな物質なのか
クエン酸は果物や梅干しなんかに豊富に含まれる酸性の物質です。化学式としてはC6H8O7で、舐めると超すっぱい白色の結晶です。
酸性の物質って、純粋なものを精製しやすく化学分析がやりやすいので、現代化学が興るよりも昔からいろいろ存在が認知されていて、○○にたくさん含まれてる酸だから○○酸!という極めて安直な命名が現在もそのまま使われがちです。
蟻にたくさん含まれてるから蟻酸(アリさんかわいそう)、お酢にたくさん含まれてるから酢酸、乳製品にたくさん含まれてるから乳酸、など例を上げればキリがないんですが、クエン酸も例に漏れず、クエン(レモンみたいな果物)にたくさん含まれるからクエン酸、です。実際はレモンとか柑橘類全般にたくさん含まれています。
掃除に大活躍で、主に台所の水垢をとったり、湯沸かしポットの水垢をとったり、風呂場の石鹸カスをとったりと何かと家事に役に立つんですが、それだけではなく、我々の生命活動にも極めて重要な物質です。
人間がブドウ糖と酸素をCO2と水に分解してエネルギーを取り出していることは有名ですが、その過程でブドウ糖の多くは一時的にクエン酸に分解されます。私達が人間の体を保っていることができるのはクエン酸様のおかげということです。もっとも、クエン酸を飲んだから元気になるみたいな話は本当かよと思わないでもないです。
酸性とはどういう状態なのか?
クエン酸は水に溶かすと弱い酸性を示すんですが、なぜそうなのかという話の前に、酸とはそもそもなんなのかという話です。
酸とは一言でいうと、水素イオンを放出する物質のことです。酸性物質が分解した時に生じる水素イオンという物質こそが酸性の正体であり、世の中にはいろいろな酸っぱい物質がありますが、結局は水素イオンという物質のせいで酸っぱく感じています。どんな酸性物質も、水素以外の部分は水素イオンを発射するための発射台に過ぎないわけです。
(酸性物質分子から発射される水素イオンのイラストです。)
(ざっくり言うと)水素がプラスの静電気1)を帯びたものが水素イオンで、H+と表します。静電気を持った原子や分子のことをイオンと呼びます。
1種類の分子でできている物質であっても、水に入れると2つに分裂してしまうということ2)があって、水素イオンとそれ以外の部分で分解するような物質が酸です3) 。この分解されやすさ、つまり水素イオンH+を発射する発射台の性能が酸の強さを決めています。
そんで、原子や分子が持つ静電気はかならずトータルでプラマイゼロになるようにできています。プラスの静電気を持つイオンが居たら、かならずどこかに対となるマイナスの静電気を持つイオンが存在しています。もともと静電気を持っていない物質(クエン酸がそれです)が水素イオンH+を放出した場合、発射台のほうはマイナスの静電気を持つことになります。
クエン酸のpHって?
酸性度を表す指標としてpHというのが有名ですが、あれは「水溶液の」酸性度がどの程度なのかを表す指標なので、物質そのものの酸性度を表す指標ではありません。pHは、発射された水素イオンが水の中にどのくらい溶けているかを表す指標なので、pHで物質そのものの酸性度を測ることはできません。
例えば、pHは酸性やアルカリ性の物質を薄める水の量によって数字がコロコロ変わります。水素イオンを発射するかどうかは温度によっても決まるので、pHは温度でも変わります。なので物質そのものの酸性の強さを表す指標としてはpHは使えません。例えば、同じ塩酸でもめっちゃ濃い塩酸とめっちゃ薄い塩酸ではpHが全然違うので、塩酸という物質の酸の強さはpHで語ることはできません。「クエン酸のpHは○○だよ!」と言っている人間がいたら、コイツ不正確なことを言ってるな、と思ったほうが良いです。
そこで使うべき適切な指標というのがpKaというやつです。ざっくり言うと発射台がどのくらいの割合で水素イオンを発射できるのかという指標で、pHと同じで数字が小さければ小さいほど物質の酸性が強いです。pKaはマグニチュードと似ていて、数字が一つ下がると酸の強さが10倍上がります。
そのpKa値なんですが、お酢の酸っぱさの正体である酢酸が4.76くらい、ご存知クエン酸が3.09くらい、あの塩酸はなんとマイナス8.0くらいです。数字が1下がると酸性度が10倍になるので、塩酸みたいな強い酸と比較するとやっぱりクエン酸はザコですね。
では、何故クエン酸は弱めの酸性なんでしょうか?
クエン酸はカルボン酸
こいつがクエン酸の構造です。構造とか言うとゲゲッってなる人も多いと思いますが、怖気づかずに見ていきましょう。Cは炭素、Oは酸素、Hは水素です。(炭素に直接結合している水素は省略) こうして見ると、炭素と酸素と水素のみからなる対称的で結構シンプルな物質です。
元素記号と元素記号の間の線はこの原子がヒモみたいなもので繋がっているぞ、ということを表している記号で、二本線は(すごくざっくり言うと)ロープ2本でガッチリつながっているというイメージで良いです。
クエン酸から発射される水素は赤い矢印で示した部分です。発射される部分3箇所もあるじゃん、強いやんけと思うかもしれませんが、、一つ発射したら2つ目はなかなか発射しなくなるので、3個あるから3倍とはいきません。
赤い矢印で示した、発射される予定の水素に注目してほしいんですが、この水素がくっついている部分ってみーんなこうなっていますよね?
この原子の結合パターンはカルボキシル基と呼ばれる構造で、この構造がくっついている分子はカルボン酸と呼ばれ、弱めの酸性を示します。こういう構造を持った物質(カルボン酸)は自然界にマジで星の数くらいいろいろな種類が存在して、先程名前をあげさせていただいた蟻酸、酢酸、乳酸も、星の数ほどあるカルボン酸の中の一つです。たいていの酸っぱい食品はほぼ必ずカルボン酸を含み、たいていの酸っぱい食品はそこそこの高確率でカルボキシル基のせいで酸っぱいわけです(ビタミンCは一部の食品に含まれるし酸性だし酸っぱいのにカルボン酸じゃない数少ない例外です)。必須脂肪酸やトランス脂肪酸なんて呼ばれる油脂のたぐいもカルボン酸です。
カルボン酸が酸性で、カルボン酸であるクエン酸が酸性で、お酢が酸っぱくて、ヨーグルトが酸っぱいことのの原因は、カルボン酸が必ずこの構造(カルボキシル基)を持っていて、かつ、この構造に水素イオンを発射する機能が少しあるからです。
なぜカルボン酸は酸性なのか
じゃあなんでこの構造(カルボキシル基)は酸性で、つまり水素イオンを発射しやすいんでしょうか?
前提として、酸素はマイナスの静電気を帯びたがる元素だという情報が必要です。酸素はあらゆる元素で二番目にマイナスの静電気を帯びたがります(1位はフッ素です)
そうなると酸素センパイは、自分にくっついている水素からどんどんマイナスの静電気を搾取しようとします。酸素が2つ付いているカルボン酸はなおさらヤバくて、2つの酸素にマイナスの静電気を搾取され続けている水素くんはついに「おれこんな酷い連中と一緒にいる意味なくね?」と悟り、酸素にマイナスの静電気を渡して決別、無事発射されてしまうわけです。4) (これは説明としてはかなり不十分で、実際は共役塩基の安定性が高いというのがデカいです)
重要なのは、この発射が起こるのは水に溶けてるカルボン酸の中の、0.1%にも満たない極々一部だということです。クエン酸分子の極々一部が水素イオンを発射しているだけなのにレモンは今日も酸っぱいわけです。
余談ですがこの物質があの硝酸です。強い酸の代名詞ですね。こいつはカルボン酸とかいうザコと違って、水に溶けている分子のほぼ全てが水素イオンを放出します。pKaはマイナス1.4です。クエン酸のpKaは3程度なので、pKaが1下がると酸性度が10倍強くなることを考えると、硝酸はクエン酸の1万倍くらい強い酸です。メッチャ酸性ですね。
カルボン酸の炭素が窒素(N)に変わっただけみたいな感じの構造のくせして激強い酸なんですよ。炭素はマイナスにもプラスにもなりたがらない元素なんですが、一方で窒素は酸素と同じでマイナスの静電気を欲しがるため、硝酸は登場する原子が水素以外全部マイナスになりたがっています。よってたかって、カルボン酸以上に水素からマイナスの静電気を奪おうとするため、水素はこんなところやってられるかと思い、さっさと決別しちゃうんです。正しい反応ですね。これが硝酸がめっちゃ強い酸である理由です。
硝酸やカルボン酸のように、なんかの元素と、酸素と、水素からなる酸を総称してオキソ酸といいます。顔面にぶっかけることで有名な硫酸は硫黄のオキソ酸、我々の細胞に含まれるリン酸はリンのオキソ酸、ゴキブリ殺しで有名なホウ酸はホウ素のオキソ酸です。このように身近な酸性物質は大体オキソ酸で、オキソ酸には必ず酸素が結合しているので、酸の素、ということで酸素は酸素という名前になったわけです。
一方で酸素が絡んでいない酸もたくさん存在していて、一つは有名な塩酸です。塩素(Cl)もマイナスになりたがる元素ですので、水素をいじめた結果決別してしまいます。生まれ持った性格、これはもう変えることが出来ない・・・
塩酸も硝酸と同じで、水中でほぼ100%が水素を発射します。ということで、酸なら必ず構造に酸素が付いているのかというとそんなことはなく、酸素がついてない酸もあれば、酸素がついてるアルカリもたくさんあります。
塩酸というと実験室で使う危ないヤツというイメージですが、おれたちの胃の中にある胃酸は実は塩酸なので意外と普通に毎日お世話になっています。あとはトイレ用洗剤のサンポールにも入っています。サンポールってめっちゃすごくて、トイレの黄ばみや黒ずみがワンパンで落ちる魔法の洗剤です。今まで必死こいてタワシで便器こすってたのはなんだったんだと絶望するくらいすごい洗剤です。サンポールがすごいという情報はこの記事のどんな情報よりもこの先の人生で役に立つので、インターネットなんてやめてすぐにサンポールを買いに行きましょう。行け!

(それなりに危険なのでよく説明を読みましょう)
サンポールがトイレの汚れをワンパンで落とすのは、サンポールの塩酸が発射する水素イオンが黄ばみの原因である炭酸カルシウムという物質を溶かすからです。「酸が効く」は伊達じゃないわけです。同様に、クエン酸が水垢を落とすのも、クエン酸が発射する水素イオンが水垢の原因である炭酸カルシウムを溶かすからです。関係なさそうなこの2つの洗剤は、実は同じメカニズムで汚れを落としています。ちなみに炭酸カルシウムが酸に溶ける理由は炭酸カルシウムがアルカリ性だからで、炭酸カルシウムがアルカリ性である理由は重曹がアルカリ性である理由と全く同じです。
てことで、酸性の正体は物質が発射する水素イオンで、クエン酸はカルボキシル基という弱いながらも一応水素イオンを発射する構造を持ち、クエン酸分子のごく少数が水素イオンを発射するため弱い酸性を示すということです。
重曹はなぜアルカリ性なのか?
重曹はどんな物質なのか
こんどは重曹がアルカリ性である理由なんですが、重曹がアルカリ性である理由は、クエン酸(カルボン酸)が酸性である理由と深く関わっています。
重曹はNaHCO3で表される物質で、炭酸水素ナトリウムとも言います。重炭酸ソーダとも言います。ソーダは漢字で曹達と書きますが、重曹はたぶん重炭酸曹達を略して重曹と言っているんだと思います。ナトリウムは実はドイツ語で、英語だとソディウムと言い、ソーダの名前はここから来ています。ソーダ水といえば炭酸水のことですが、昔はレモン水に重曹を加えて二酸化炭素を発生させることで炭酸水を作っていたので炭酸水のことをソーダ水と言います。
アルカリ性とはどういう状態なのか?
重曹がアルカリ性である理由を説明する前に、アルカリ性とはどういう状態なのか、ということを知っておく必要があります。
先程、「酸性の原因は水素イオンで、酸の強さは水素イオンの発射力で決まる」と言いましたが、アルカリ性はこの逆です。つまり「アルカリ性の原因は水素イオンをキャッチする物質で、アルカリ性の強さは水素イオンをキャッチする力で決まる」ということです。
これはメッチャ強いアルカリとして有名な苛性ソーダこと水酸化ナトリウム、NaOHです。触ると皮膚が溶けます。石鹸作りに使うやつです。プラスの静電気を帯びたナトリウムと、マイナスの静電気を帯びたOH–イオン(7からできています。
こいつがなぜ強いアルカリ性を示すかというと、水酸化ナトリウムから発射されたマイナスの静電気を帯びたOH–イオンが、酸の原因である水素イオンH+とくっついて水になるためです。そのへんをうようよしている酸の原因を潰して中性の水に変えてくれるから強いアルカリ性を示すということです。
プラスのナトリウムイオンは孤高の存在で、ほかの原子と一切くっつこうとしません。水酸化ナトリウムは、同じ空間に酸性でもアルカリ性でもないナトリウムイオンとアルカリ性のOH–イオンをぶち込んだ結果しょうがなくペアを作ってできる物質なので、水などに溶けるとナトリウムイオンとOH–イオンは一発で分裂します。おれの修学旅行みたいですね。
この水酸化ナトリウムのように「水素イオンを消してくれる物質を発射する物質」はアルカリ性です。OH–イオンは水素イオンを消してくれる物質の代表です。
重曹は炭酸の仲間
重曹はNaHCO3炭酸水素ナトリウムなんですが、炭酸水素ナトリウムを説明する前にまず炭酸ってどういう物質なんだって話です。
こいつが炭酸です。H2CO3ですね。炭素のオキソ酸です。
ちょっとまて、炭酸水に含まれてるのってCO2だろ、H2CO3じゃなくね?と思うかもしれませんが、CO2は水に溶けると水(H2O)と結合してH2CO3になります。逆に言うと炭酸H2CO3は水の中でしか存在できない物質です。炭酸水がブクブク泡立っているのは、実は炭酸H2CO3が水分子とお別れをして、CO2とH2Oに別れている様子でもあるわけです。切ないですね。
ところで炭酸もこの構造(カルボキシル基)を持っていますね。2つも。そう、ご存知の通り炭酸も弱い酸性なんです。CO2は水に溶けるとこの構造を持ち酸性になるわけで、だから炭酸水は酸っぱいし、コーラを飲むと歯が溶けると言われるわけです(実際溶けるのかは知りません)
そして重曹の構造がこれです。炭酸(H2CO3)が持つ水素の一つが、プラスの静電気を帯びたナトリウムイオンで置き換えられているのが重曹という物質です。こいつも一つは例の水素を発射する構造(カルボキシル基)を持っていますが、なぜ重曹は酸性じゃなくてアルカリ性なんでしょうか?
重曹は炭酸からできているのに、なぜアルカリ性なのか?
鍵となってくるのが、先程述べた「カルボン酸はほとんど水素イオンを発射しない」という事実です。水に溶けると分子のほぼ100%が水素イオンを発射する塩酸や硝酸といったクソ強い酸と違って、弱い酸である炭酸やカルボン酸は、数多ある分子のたかだか1%以下が水素イオンを発射しているだけに過ぎません。
これは逆に言うと、「炭酸やカルボン酸の99%は水素と一緒にいたい」ということで、気の迷いで水素イオンを放出してしまったとしても、やっぱ水素と仲直りしたいという気持ちがあるわけです。
もし仮に「分子の100%が水素を発射し終えたカルボン酸」という物質を作ることができたら、その物質の99%の分子は、元の水素イオンを持った状態に戻りたがると予想できます。
実は重曹(NaHCO3)がその「分子の100%が水素を発射し終えたカルボン酸」で、重曹は、炭酸(H2CO3)の水素の一つを強制的に発射させ、代わりに無害なナトリウムイオンをぶち込んだ物質なです。ナトリウムイオンは孤高になりたがる陰キャなので、重曹の一部は、水に溶けるとナトリウムイオンとほかの部分でさっさと分裂してしまいます。結果、水中に大量に残されるのは、炭酸から水素イオンが一つ強制発射された物質、炭酸水素イオンです。
重曹が水に溶けてナトリウムイオンが分離した物質と、炭酸から水素が100%強制発射された後に残る物質は、まったく同じ物質なわけです。
炭酸水素イオン、つまり水素を1個を強制発射させられた炭酸の99%は、やっぱり水素イオンと仲良くしてえ、発射する前の状態に戻りてえと常に思っているので、水に溶けた瞬間に水から水素イオンを奪って元の水素を2つ持った炭酸に戻ります。(このときもナトリウムは陰キャなので、なにもせずどっかそのへんをうようよしています 化学においてナトリウムイオンは大体いつもそういう役割です)
ここでプラスの静電気を持った水素イオンを奪われた水は、マイナスの静電気を持ったOH–イオンになります。このとき発生するOH–イオンもまた、水酸化ナトリウムの例と同じように水素イオンを欲しがるため強いアルカリ性を示します。
もっと簡潔に言うと、重曹は炭酸から酸の原因である水素イオンを無理やり大量に引き抜いた物質なので、それが元の水素を持った炭酸に戻ろうとして周囲から水素イオンを奪いまくるからアルカリ性を示すというわけです。
重曹に限らず、「弱い酸に無理やり水素イオンを放出させて、代わりに無害なナトリウムイオンをくっつけた物質」は全般的に弱いアルカリ性です。石鹸が弱いアルカリ性である理由も実はこれで、だからこそ「弱酸性のメリット」は異端だということです。
なぜ重曹は油汚れに効くのか
ところで重曹は油汚れによく効くわけです。換気扇の掃除なんかに大活躍ですよね。皮脂もよく取れます。
ほかにもセスキ炭酸ソーダというのがあって、こいつは重曹以上に油汚れに効きます。セスキ炭酸ソーダは重曹の親戚で、炭酸から水素を2つも強制発射して2つナトリウムを押し付けた物質(炭酸ナトリウムNa2CO3)と重曹を1対1で混ぜた(8物質です。水に溶けやすい、重曹よりアルカリ性が強いなどの理由から大活躍です。
じゃあなんで重曹やセスキ炭酸ソーダが油汚れに効くんでしょうか?理由は簡単で、重曹やセスキ炭酸ソーダがアルカリ性だからです。
水に溶けたアルカリ性の物質は、油の分子を分解して石鹸に変えてしまう作用を持ちます(鹸化反応といいます)
上に書いてあるいろいろビッチリつながったのが油の分子で、それに重曹やセスキを加えると発生する下の分子が石鹸の成分です(炭素に直接結合している水素は省略)
石鹸の分子はよく見るとカルボン酸から水素が発射されたものと同じ構造を持っていますね。石鹸がアルカリ性である理由もこれで、実は石鹸と重曹は同じメカニズムでアルカリ性を示しています。
重曹やセスキは油を石鹸に変えてしまう反応を起こすんですね。石鹸は自身が水に溶けやすいだけではなく、油をよく落としますから、これをやられると油はひとたまりもありません。油に裏切りを起こさせて内輪もめでどっちも殺すというのが重曹で油を落とすときのメカニズムです。卑劣ですね。どれだけ追い詰められてもこういう戦い方だけはしたくないものですが、分子の世界に武士道はありません。無情。
清掃業者なんかは、重曹やセスキよりずっとアルカリ性が強い水酸化ナトリウムを使って換気扇の清掃をするそうです。えげつがないですね。
なぜ重曹で消臭ができるのか
重曹は消臭に使えるわけですが、なんで消臭に使えるのかという話です。理由は簡単で、臭いの成分の多くは酸性のカルボン酸だから、アルカリ性の重曹と中和反応を起こすためです。
自然界には様々な種類のカルボン酸が存在し、その多くが匂いを持ちます。チーズの臭いがする酪酸、お酢の臭いがする酢酸、足の裏の臭いがするイソ吉草酸など、悪臭の原因の多くはカルボン酸が原因です。カルボン酸が臭いというよりは、微生物はカルボン酸を作りたがるので、モノが腐っているシグナルとしてカルボン酸が臭く感じるように人間が進化したんでしょうね。
これは足の裏の臭いがするイソ吉草酸が重曹で中和される反応です。重曹が炭酸に戻ろうとするときに周りから水素イオンを奪う作用を利用してイソ吉草酸から水素イオンを奪って、代わりにナトリウムイオンを押し付けるんですね。(このページで水素イオン強制発射と言っている操作は、実は中和という現象と全く同じです。)
このようにナトリウムイオンを持っている物質って、全然蒸発しないんですよ。5)上図右側の物質(イソ吉草酸ナトリウム)もそうですし、重曹も蒸発しませんし、セスキも石鹸も蒸発しません。6)原子がプラスとマイナスの静電気を持っているから、原子や分子が静電気の力でくっつきあうため蒸発せず、ずっと固体でいるわけです。静電気を帯びた下敷きで髪の毛が持ち上がるのと同じ作用でが分子レベルで働いているので分子がくっついて固まるため蒸発しないんですね。
そういうわけで、臭いの原因がカルボン酸であれば重曹で臭いを消すことができます。成分そのものを排除しているわけではなく、成分を蒸発しない物質に変えることで我々の鼻に届かなくしています。アルカリ性の物質(アンモニアや、アミン類と呼ばれるアンモニアの仲間)が臭いの原因である尿の臭いや魚の匂いなんかには重曹は効かなくて、逆にクエン酸が効くようですので適材適所ということです。
ご利用は計画的に
ということで、まとめると、クエン酸はカルボキシル基のごく一部が水素イオンを放出するから酸性、重曹は水素を過剰に失ったカルボキシル基が自然に戻るために水素を取り戻そうとして周りから水素イオンを奪い取るからアルカリ性、ということです。クエン酸は酸性だから水垢や石鹸カスなどに効き、重曹はアルカリ性だから油汚れに効くわけです。
世の中には粉ならなんでも一緒だろというノリで何にでもとりあえず重曹やセスキやクエン酸を使う人間が結構たくさんいて、クエン酸使うべきところに重曹つかってたり、重曹使うべきところにクエン酸使っていたり、混ぜたら中和して効果がなくなる場面なのに混ぜて使ったり、どっちも使うべきじゃないところに使ってたりやりたい放題しているわけです。気持ちはよくわかります。
とはいえクエン酸も重曹もタダじゃないですし、目にも手にも優しくないですし、どっちも化学物質なので水に流せば当然環境に負担を与えることになります。市販の洗剤じゃないなら環境に負荷を与えないだろと思ったら間違いです(定量的には知りません)。そういったことを考えると、どういう原理でどういう汚れに効くのかちゃんと理解した上で使ったほうが良くて、よくわからないんだったら市販の洗剤を説明書通り適量使ったほうがいい結果になるかもしれません。
ということでクエン酸が酸性な理由や重曹がアルカリ性な理由を説明すると見せかけて、実はカルボン酸(カルボキシル基)やカルボン酸塩はメッチャすごいし世の中のいたる所にたくさんあるし知っておくと家事にも役に立つという話をしていた記事でした。みなさんも1日1リットルは必ずお酢を飲み、日々カルボン酸に感謝を捧げましょう。
終わり。
せろりんでした。
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注釈
1)化学の世界では静電気ではなくて正電荷と呼びます。科学的にはイオンが持つ電荷を静電気と呼ぶのは間違いなのかもしれませんが、イメージとしては一緒なのでそう言っています。
2)電離と呼びます。
3)アレニウスの定義と呼ばれる古典的な酸の定義方法で、塩化アルミニウムなど、この定義では説明できない酸も存在します。
4)実は負電荷を欲しがる酸素が2つ付いているからというのは説明としてはかなり不十分で、カルボキシル基が酸性である理由は、2つの酸素が共鳴によって負電荷を分散し電荷を非局在化するため、発射後の物質(共役塩基)の安定性がそれなりに高いからです。
5)正しくはナトリウムイオンを持った物質というか、イオンからなる物質のことで、そういった物質を塩(エン)と言います。食塩も塩素のイオンとナトリウムのイオンからなる塩(エン)で、あれも蒸発しにくいわけで、食塩には臭いがないというのがその証拠の一つです。海の匂いは海の生き物の死骸の臭いです。
6)市販の石鹸には石鹸になりきれていない油脂が多めに入っていたり、香料が入っていたりするので、実際にはそれらの成分が蒸発して臭いがします。
7)便宜上OH-イオンと呼んでいますが、学校では水酸化物イオンと習います。
8) 1対1で混ぜるといっても、重曹と炭酸ナトリウムの粉を買ってきて混ぜてるわけではなく、分子レベルで均一に混ぜられています。ちなみにセスキ(sesqui)とは1.5を表す接頭辞で、炭酸イオンCO3ー1個に対してナトリウムが1.5倍の個数付いているのでセスキ炭酸ナトリウムと言います
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