甲府盆地の外に行く人のこと

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  芋の露 連山影を 正しうす

高校1年生だったおれは、国語の教科書に載っていたこの俳句を見て、これはおれの故郷の山梨のことを詠んだ句に違いないと密かに確信した。芋とは、きっと甲斐市で盛んに栽培されている八幡芋という品種の里芋のことだ。晩秋の冷ややかな朝、里芋の大きな葉に朝露が溜まっている後ろで、朝日を浴びた南アルプスの連峰が、まるで、厳かに冬支度をしているかのようだ・・・・・。これはその情景を詠んだ句に違いない。直感的にそう思った。

調べてみると、この句を詠んだ飯田蛇笏という俳人は、本当に山梨の人だった!俳句で「花」と言えば桜のことを指すのと同じように、「芋」というのも俳句の世界では里芋という解釈をするのが普通らしい。文芸の事などまったくわからないおれが、十七音を見ただけでここまで想像することができたのは、おれに天才的な感受性があったから、では無いはずだ。おれはこの句の光景をときどき見ていたのだ。

高い山々は、普段は雲に隠れてしまって姿がよく見えないものだけど、冷え込む日の朝は、空が澄み渡って遠くまでとても綺麗に見えることがある。そんな日に凍えながら自転車を漕いでいると、朝露を纏った逞しい里芋の姿がときどき目に入るのだ。もっとも、甲府は3000メートル級の山に囲まれた究極の盆地で、周囲は360度どこを見ても連山だったから、連山ではない山というのは当時のおれにはよくわからなかった。

山梨には地平線も水平線も無い。甲府盆地に生まれたからには、3000メートル級の山脈の圧迫感と戦うしかなかった。生まれてからずっと山に囲まれて生きてきたけど、この息の詰まるような感覚のことを「圧迫感」とか「閉塞感」と呼ぶのだということを知ったのは、たぶん高校に入ってからだ。今思えば、あのとき感じていた圧迫感や閉塞感は必ずしも山が原因ではなくて、将来へのモヤモヤした不安や、いつも誰かに噂されているかのような感覚を山のせいにしていた部分もかなりあったはずだ。何が原因であれ、毎日山を見ながら芋畑の横を通学していると、山の圧迫感に心が押しつぶされそうになるときがあった。家族旅行で盆地の外に出たことは何度もあるけど、それでも、おれはいつだって盆地の外に行きたかった。ときどき空気が澄んでいる日はなにかの間違いで山々が美しく見えるけど、そうではない日は、山はおれにプレッシャーをかけてくるだけの存在だった。美しいものは、得てして恐ろしくもあるのだ。晩秋に連山が影を正すのは、冬の間、おれたちを極寒の甲府盆地の底に閉じ込めておくための悪意に違いなくて、だから人々は保存食である里芋を秋のうちに作って冬に備えるのだ。

上の写真は、山梨にしては珍しく雪が積もった日にサイクリングに行ったときのものだ。JR身延線の国母駅の近くだったように思う。昔から、線路に沿って、あるいは川に沿って、ひたすら自転車を漕ぐのが好きだった。JR中央線に沿って走ることもあったけど、おれはJR身延線沿いに南下するのが何よりも好きだった。身延線は静岡に通じていて、静岡には海があるからだ。でも、盆地の中を走り続けると、いつだって山が現れておれの邪魔をした。自転車で山を越えるのは困難だから、坂にぶつかったら、少しだけ挑んですぐに引き返していた。

魔王天神社

JR身延線を静岡方面に向けて南下すると、最初は平坦だけど、鰍沢口駅を越えたあたりで坂道になる。さらに坂を進むと、トンネルを超えたところに落居駅という小さな無人駅が現れる。近くには魔王天神社という変な名前の神社がある。今は潰れてしまったけど当時はコンビニもあった。嫌なことや忘れたいことがあったら、盆地を線路沿いにひたすら南に走って盆の底から脱出することを試みた。当時のおれには、中学生の頃の同級生に絶対会いたくない事情があったから、同級生と鉢合わせることが無さそうな山梨県の南側は、家族が居ないときの実家の次に落ち着いた。それでも、ひたすら自転車を漕いでも、いつも決まって、坂がキツくなる落居駅付近で力尽きる。そうすると、例のコンビニでアイスやホットスナックを買って、魔王天神社で魔王なのか天なのか神なのかわからない存在のことを想像しながらそれを食べて、帰りの心配をするのだった。

落居駅に向かう途中には、『←四尾連湖 7km』と書かれた看板がある。最近アニメに登場して少し知名度が上がった湖だけど、おれは山梨に四尾連湖という湖があることをこの看板で知った。山の上にあるカルデラ湖で、人気は無いけど、とても美しいところらしい。湖畔には蛾ヶ岳という山の登山口もあるという。でも、自転車で山道を7kmも走るなんて冗談じゃないし、登山なんてもっとありえないと思った。幼少期から折に触れて学校や親に登山を強制されたおれは、完全に登山が嫌いになっていた。疲れるだけで何も楽しくない行事だと思っていた。それでも湖には行ってみたくて、未知の湖へのあこがれは看板を見る度に募っていった。自転車では無理だから、親にでも頼んで車で行くしかないと思っていた。

高校2年生の夏休み最後の日に、おれは居ても立っても居られなくなってしまって、思わず家を飛び出した。夏休みが終われば、待っているのは盆地の中で家と学校を往復する生活だ。きっと、そうしているうちに進路のことを考えないといけなくなって、おれの日常は圧迫感に完全に押しつぶされて、楽しいことなんて完全に消え失せてしまうに決まっていると思うと、たまらなくなった。家を出て、そのまま自転車を漕いで、盆地を縦断して、坂を登って、あの看板を曲がった。盆地の底に溜まった熱気と戦いながら2時間ほど坂道を登ると、ようやく四尾連湖に到着した。

四尾連湖。2018年春の帰省時に撮影。

四尾連湖はカルデラ湖だから、湖は山に囲まれていた。あれだけ必死に坂を登っても、まだ周囲には山があったのだ。美しい湖を前に、とてもがっかりしたのを覚えている。 あの閉塞感が、こんなところにもあった。もっと高いところに行くしかない気がして、蛾ヶ岳の登山口に向かった。服は汗で、スニーカーは湖水で濡れていたし、飲み物だけは自販機で買ったけど、食料も地図もコンパスも無かった。既に日が傾いていて、あまりにも山を舐めすぎていることは当時の自分にだってわかっていたけど、登らずにはいられなかった。おれは人生で初めて自分の意思で山に挑んだ。

登山口から山頂までは2時間ほどだ。登山に慣れていない人にとって、2時間はあまりにも長い。山を歩くことは自分を見つめることで、それはあのときの自分にとって何よりも辛いことだった。それでも歩いた。斜面をジグザグに歩き、両側が崖になっている稜線の狭い道を通り、はしごを登り、最後の急登を進むと・・・一気に視界が開けた!気づけばおれは、いつもは見上げている盆のフチに立っていて、そこから底を見下ろしていた。1279メートル、蛾ヶ岳の山頂からは甲府盆地が一望できた。 蛾ヶ岳より標高が高い山はいくらでもあるけど、遠くのものが小さく見えることと、地球が丸いことを考えれば、きっとここより高いところは無いはずだと思った。いつだって感じていた圧迫感や閉塞感は、そこには無かった。

それからおれは、山を見ると、その向こうに何があるかを想像せずにはいられないようになって、いろいろな山に登った。おれはその後、高校を卒業して北海道に引っ越した。今おれが住んでいるところからは連山と呼べるものはまったく見えなくて、代わりに地平線と水平線がある。

最近、山梨を出て東京でアイドルになることを決意した女の子のことを知った。山梨を出ることは連山に挑むことだ。 女の子のことを考えると、漠然とした圧迫感や閉塞感と戦っていた頃のことを思い出す。もっとも、彼女はおれとは違って圧迫感なんて何一つ気にしていなくて、3000メートルの向こうより、もっと遠いところを見ているのかもしれない。彼女がきっとそうであるように、おれも今では山梨が好きだ。それでも、高い山に囲まれて育ったおれたちは、山に挑むしかない。

※この記事は、中日本の各地域に住む少女が放送するラジオ「ガールズ・ラジオ・デイズ」において甲斐市を拠点に活動を行うチーム「チーム双葉」の番組「たまささsistersのごきげんラジオ」を応援するために書きました

【ガルラジ】 出演:柴田芽衣、篠原侑、赤尾ひかる /チーム双葉「たまささsistersのごきげんラジオ」 第1回
蛾ヶ岳から望む甲府盆地。2018年春撮影。
蛾ヶ岳から南側の眺望。富士山を見下ろす。2018年春撮影。
双葉サービスエリアの展望塔から。

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